佛典と聖書には永遠の命·永生が記錄されている

佛典の涅槃經6卷に甘露は不死の藥であり,甘露を食べると死んだ命が生き返って壽命が延びるとある. 卽ち,甘露を身に受けると人が死なないと言う言葉である.また,涅槃經9卷には 「衆生達の中で大涅槃光 (甘露水) が毛孔に入る人は必ず佛道を成就するだろう」 と記錄されている.これは甘露を受ければ生きて佛になれるということであり,佛になるということは,死なないと言うことである.

◇ 全世界の万民が死なない時代が必ず來る

海印歌を始めとして,格菴遺綠全篇にも甘露を食べれば死が無くなると記錄されている.聖書にも,「あなたの露は光の露であって,それを亡靈の國の上に降らされるからである.」 (イザヤ書26章19節) 卽ち, 露を降ろす救い主が出現すれば死が無くなると言うことである.

佛典の涅槃經6卷には,甘露は不死の藥で甘露を食べると死んだ命が生き返って壽命が增すと記錄されている.(涅槃經8卷)それだけではなく,死が無くなりつつ,人が生まれることも段だん無くなる.若い人びとが結婚しても子が出來ない.今は終末という時期である.

成し遂げられる時が至った.子が出來るということが無い時代になった.死ぬ時代が勝利祭壇では終った.死がもう段だん無くなる.まず,勝利祭壇の家族達から死ななくなり,次に, 韓國人達が死ななくなり,韓國で死が完全に無くなる.

ある人は「私」の爲に心配して言う.「そのようなお話をおっしゃらねばよろしいのに…」しかし,私が話せば必ずその通り成し遂げられて來た.今まで,私が話したことが成し遂げられなかったことは一度も無い.だから,全世界の万民が死なない時代が必ず來る.

◇ 交通事故さえ起こらない奇跡が起こる

死が無くなることになれば韓國では交通事故が無くなる.交通事故が起こらなくなる.そのような驚くべき奇跡が起こる.そして,地球上で完全に死ぬことが無くなる奇跡が起こる.皆さんが,’ 珍しいね.この木はどうして枯れないのかな? この草がどうして枯れないのかな?このような言葉を言う時が來た.だから,この死の神を完全に掃除して無くしてしまうので死が無くなり,皆さんが死を目で見ることが出來ない時代が來る.

そして,これがどれぐらい歲月が流れて行って成り立つのだろうか?このように考えてみた人も居るが, 結局はその ‘ 不知何歲月 ‘ が殆ど近くまで來ている.殆ど到來したので今は成し遂げられる時になった.だから,準備をしていない人は熱心に準備をして永生の資格を備えるようにしなければならないでしょう?皆さんが熱心に祈って熱心に反對生活をして一日も速く神樣に成し遂げられねばならない.

だから,まさに皆さんが先導して死なない不死體,永生體になれば,全世界の万民も順番に死なない人になる.甘露は不死の藥であり, 甘露水が毛孔に入る人は必ず佛道を成就する.聖書には永生に對する話が多く記錄されている.

「あなたがたは,聖書の中に永遠の命があると思って調べているが,」 (ヨハネ福音5章39節)卽ち,永生があるから聖書を考察するのであり,永生がなければ聖書を考察しないと言う話である.

「僞りのない神が,永遠の昔に約束された永遠の命の望みに基くのである.」 (テトスへの手紙1章2節) 卽ち,ハナニムの神は,永遠の命の神であるから, 永遠の命を約束されたのである.故に,聖書から永遠の命·永生を拔けば聖書は生命がない本になってしまう.聖書だけに, 永遠の命·永生が記錄されていることではなく, 佛典にも記錄されている.

佛典の涅槃經6卷に甘露は不死の藥であり,甘露を食べると死んだ命が生き返って壽命が延びるとある. 卽ち,甘露を身に受けると人が死なないと言う言葉である.また,涅槃經9卷には 「衆生達の中で大涅槃光 (甘露水) が毛孔に入る人は必ず佛道を成就するだろう」 と記錄されている.これは甘露を受ければ生きて佛になれるということであり,佛になるということは,死なないと言うことである.

◇ 義人達からは甘露の光が出る

救い主の體から甘露が發散される.この甘露は, 魔鬼が持っている全權を奪うことが出來たから全知全能の權威を持っている.神樣が,1次に魔鬼に敗れてこの世が死の世に變わったが, その死の世に變わった魔鬼の世から魔鬼の全權を奪って永生の神樣の全權に變わられたので,もう死ぬことが無くなる.

これからは次第に死ぬことが無くなり,人びとが死のうとしても死ぬことが出來ない,木の壽限のように永遠に生きる時代が近かよって來るのである.私の體から出る甘露を心靈科學を硏究する敎授はオ-ラであると言う.人間の體からもこのオ-ラが出る.ところが,あまりにも弱いから一般のカメラでは撮れない.高周波を利用した撮影機によって撮ったオ-ラ寫眞をキイルリオン寫眞と言う.けれど,强く光が出るのは寫眞に撮れるようになっている.

私の體から出る甘露は寫眞に寫る.新しく祭壇に出る方たちが,甘露が果たして出るのかと疑いながら寫眞を撮れば寫るのだから疑うことが出來ない.今は, 甘露が以前にもまして更に强く出ている.だから,これが皆さんに降りるようになり,その甘露を受けた皆さんも微かな甘露の光が出始めるようになる.*

飜譯:尹金玉 勝師
藤田多惠子 勝師 監修

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です